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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




いつも来てくださる皆さん、
拍手、コメントをくださる方々、
本当にありがとうございます。
とても励みになります!


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DATE: CATEGORY:正月・とことん大分の旅
~前回のあらすじ~

 四浦半島、二つ目の展望台。
1001010938_DSC_4951

 こちらは道路のすぐそばにあるので一安心です。

 しかし、風が強く先ほどと違い、楽をしたなりの風景だったので手持ちにて撮影。
1001010941_DSC_4953

 三脚倒れるのいやですしね。
1001010942_DSC_4957

 しかし豊後水道。
1001010942_DSC_4958

 海がきれいですね~。
1001010943_DSC_4960





 11時過ぎ、宗麟公園に到着です。
1001011007_DSC_4967

 地図。
宗麟公園%%http://maps.google.co.jp/maps?q=33.061237,131.860510+(%E5%AE%97%E9%BA%9F%E5%85%AC%E5%9C%92)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%33.061237%%131.860510%%14

 そしてルート。
20100613131317_P1670419.jpg

 この写真を見てもわかるとおり、ちゃんと大友宗麟の墓は案内の看板が出ています。
1001011007_DSC_4968

 私もちゃんと見ましたが、正面に立派な階段があります。
1001011007_DSC_4969

 たぶん、こちらからもアクセスできるのだろう。
1001011007_DSC_4970

 銅像もあるし。
1001011008_DSC_4973

 とりあえず行ってみよう・・・
1001011008_DSC_4974

 銅像の所まで上るとさらに階段が上に伸びてます。
1001011008_DSC_4977

 また山の上かよ^^;
1001011008_DSC_4978

 戦国大名の墓ですしね。
1001011008_DSC_4979

 山の上にお墓がある人多いですわね。
1001011009_DSC_4982

 そう思いながらテクテク登っていったわけですが・・・
1001011009_DSC_4983

 どこにもお墓がありません。
1001011010_DSC_4985

 そもそも看板もありません。
1001011010_DSC_4987

 いったいどこだ?
1001011011_DSC_4988

 道なりに歩いて行くと、今度は下りです。
1001011011_DSC_4990

 気がつけばミカン畑の中に突入。
1001011012_DSC_4993

 このミカン畑の上に墓があるのか・・・?
1001011012_DSC_4994

 さっき、駐車場で案内の看板あったしいったん戻ってみよう。
1001011013_DSC_4995

 なんて思いながら駐車場まで戻っていると・・・
1001011014_DSC_4997

 ありましたw
1001011015_DSC_5009

 結局すごく遠回りしてたのね。
1001011014_DSC_4998

 てな訳で大友宗麟のお墓です。
1001011014_DSC_5000

 戦国大名で、一時九州を六カ国を平定する豊後の大大名でした。
1001011014_DSC_5001

 国崩しと呼ばれる大砲でも有名ですし、キリシタン大名だった事でも有名です。
1001011015_DSC_5002

 キリシタン王国を作ろうとしたとかなんとか。
1001011015_DSC_5004

 ちなみにお墓は昭和になってからキリスト教式に改葬されてますが、それまでの墓がこちらです。
1001011015_DSC_5007

 宗麟死後、当初はキリスト教式で埋葬したそうですが、その後嫡男の義統によって仏式に改葬されたそうです。
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 キリシタン弾圧とかいろいろありましたらね。
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 ちなみに宗麟。
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 イケイケ状態だったのですが、チェストー島津に大敗してからは衰退の一途をたどります。
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 豊臣秀吉に援助を頼みなんとか危機は免れ形勢逆転となりましたが、後一歩まで島津を追い詰めたところで病没。
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 58歳でした。
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 その後、朝鮮出兵で義統が敵前逃亡の罪で改易。
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 さらに秀吉死後に再興をはかり関ヶ原の戦で西軍に加わるも如水に破れ再び流罪。
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 断絶とはならずにその子、義乗が旗本として存続したようです。
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 まあ、そんなこんなで大友宗麟と言えばやっぱり国崩しでしょう。
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 わたしも信長の野望でドッカンドッカンと城攻めには多用しています。
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 あまり必要性は感じず、補助的な役割の物ですが私にとってはストレス解消兵器でしょうかね。
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 バージョンによっては勢い余って近隣の施設まで破壊してしまう困った兵器ではありますがw

 そんなこんなで10時40分。
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 高千穂の旅以来、臼杵石仏に到着です!
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 つづく~
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 九州 大分 津々見 宗麟公園 大友宗麟墓

コメント

Re: タイトルなし

SONOMIさん、いらっしゃいませ。
ほんと、この日は天気がよかったので助かりました。
前日の大荒れが嘘のようで。
銅像は、昔の漫画に出てきた武道の達人とか主人公の師匠とか、なんだかそんな感じですねw



今回も盛りだくさんでしたね
なんと言っても 空の青さと雲の白さがこころに残ります  銅像は・・・
今日も良い一日を!!

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