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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




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DATE: CATEGORY:福島・桜とB級グルメの旅
~前回のあらすじ~

 河井継之助の墓が会津にあると聞いて、ここに旅をするなら絶対に寄ろうと決めていた場所です。
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 北越戦争で敗走した継之助が絶命した後、この地で葬儀を行われて埋葬されたお墓です。
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 しかし、実際に現場に着いてみるとあまりにも広大な墓地。
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 さんざん歩き回って、結局見つける事も出来ずに断念する事に^^;

 1ヶ所だけ、上に続いていた道がブッシュに覆われ進めませんでした。
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 たぶん、目標のお墓はその先にあったんだろうかと思う今日この頃・・・
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 結局、河井継之助のお墓を発見する事も出来ず、一時間墓地をさまよってしまいました。
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 2時30分、会津武家屋敷に到着です。
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 地図はこちら。
会津武家屋敷%%http://maps.google.co.jp/maps?q=37.486045,139.953258+(%E4%BC%9A%E6%B4%A5%E6%AD%A6%E5%AE%B6%E5%B1%8B%E6%95%B7)&hl=ja&ie=UTF8&z=15%%37.486045%%139.953258%%15

 入館料は850円と意外と高いです^^;
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 もう、この頃にはすごい暑さでして、頭痛いしちょっとダウン気味。
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 秘密兵器の熱さまシートを額に貼っての行動となりました。
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 もう見た目なんて気にしてられないって感じですw
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 さて、広大な面積を持つ会津武家屋敷。
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 各地から移築だったり復元だったりを一同に集めてテーマパークのようにしています。
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 ちなみにここは西郷邸の復元。
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 先ほど、鶴ヶ城を離脱した後に寄った、西郷邸跡地の石碑。
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 そこに建っていた家を復元したのがこれです。
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 ここは大河ドラマ「新撰組!」のロケに使われた部屋。
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 一通り見たけど、どのシーンで使われたか思い出せない^^;
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 そして跡地の説明にもあった婦女子21名が自決した自刃の間もありました。
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 薩摩の兵が屋敷になだれ込んできた時、西郷夫人が兵に向かって、
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 薩摩か、それとも会津か!
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 と凛として質問したそうです。
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 兵はあえて会津ですと答え、自決する婦人に頼まれ介錯をしたという話が残っています。
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 美しい桜吹雪が迎えてくれました。
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 まるでどんな悲劇も優しく包み込んでしまうような錯覚を起こしてしまいそうなほど幻想的なシーンでした。
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 会津戦争により、鶴ヶ城周辺の屋敷はほとんど焼け落ちました。
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 この、西郷邸もまた然り。
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 この屋敷は当時の焼け跡や残っている資料により忠実に復元した建物だそうです。
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 会津が降伏した後、街は焼け落ちた家屋と戦争の犠牲になった人々の亡骸が散乱していたそうです。
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 政府軍は、その亡骸を埋葬はおろか、ふれる事すら許さなかったそうです。
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 死者に対する見せしめや仕打ちの話もあり、その恨みたるや相当の物だったでしょう。
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 真相はともかく、この地方の薩長に対する怨恨は有名な話です。
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 しかし逆を見れば、多くの仲間を無残に殺された薩長の会津に対する恨みもかなり深かったようで。
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 新撰組の近藤勇局長の斬首刑はその恨みのはけ口ともいわれています。
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 特に長州は朝敵にされてますから、余計でしょうね。
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 これも元の元を正せば、関ヶ原の合戦までさかのぼったりするわけで。
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 結局恨みの連鎖なんですよね。
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 話が脱線しているうちに、旧中畑陣屋へ。
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 こちらは移築です。
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 鶴ヶ城にもあった麟閣の復元です。
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 向こうは本物の移築、こっちは復元です。
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 さらに進むとこちらが本命。
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 佐々木只三郎のお墓です。
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 京都見回り組の組頭で、龍馬暗殺の主犯と目される人物です。

 鳥羽伏見の戦いに参戦して被弾、和歌山まで落ち延びた後に紀三井寺でなくなりました。

 和歌山の旅で行く予定だったのですが、時間の関係で断念した場所です。

 墓所は近年、紀三井寺からこの地に改葬されたそうです。

 最後に茶屋で休憩。
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 アイスコーヒーと天ぷらまんじゅうを注文したら大福が付いてきたw
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 さあ、それでは元気出して次行きましょう!
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 つづく~

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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 福島 会津若松 会津武家屋敷 佐々木只三郎墓

コメント

Re: タイトルなし

SONOMIさん、いらっしゃいませ。
> まるで 時代劇のセットのようで
そうなんです、実際に撮影に使われた建物なんですよね。
桜吹雪は、ちょうど風が吹いて一気に待ったところでした。
最初、あまりの美しさに写真を撮るのを忘れてしまいましたw
ふと我に返って慌てて撮影した頃にはほとんど風も収まってたなんてオチがついたんですよね^^;
天ぷら饅頭、こっちの方がおいしかった・・・

Re: タイトルなし

yumaさん、おはようございます。
いや、この時本当に暑かったんです。
考えてみれば、この暑さって今年の夏の布石だったのかなと・・・

>悲劇は美化されてしまうけど当時は恨みしかないでしょうね。
仇討ちが許され、美談として語り継がれる時代でしたからね。
今の日本人の根本に流れているのは武士道の制止だとも言われますが、その武士道によって新時代をむかえた後も悲劇を繰り返したのもまた事実で・・・
軟弱でも、やっぱり平和が一番だと思いますよね、ほんと。

こんにちは
桜とお屋敷のコラボが どのお写真も素晴らしいですね
まるで 時代劇のセットのようで 映画を見ているような気持ちになりました タイミングバッチリのシーズン&スポット  旅の醍醐味ですね  あ!もちろん 天ぷらまんじゅうも!! ロマンチックな風景にうっとりでした  いいないいな 

おはようございます。
この寒い時期に「暑い」という状態が羨ましいです^^;
寒い季節に夏の話題もいいかも。。なんて。
悲劇には桜が似会いますね。
この時代にはこんなたくさんの桜もなかったでしょうけど。
花吹雪が写ってますね~~
こんな縁側でお茶飲みたいです。
悲劇は美化されてしまうけど当時は恨みしかないでしょうね。
今は何だかんだといっても平和な時代です。


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