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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




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DATE: CATEGORY:松山・道後温泉の旅
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 松山城、東雲神社と回った私たちは、徒歩で萬翠荘とやってきました。
P1010850

 お~、洋館ですw

 見ればわかるって^^;

 ここ、愛媛県美術館別館です。

 では早速中へ入ってみましょう。

 入り口を入るといきなり階段です。
P1010852

 よく、テレビなどで見る洋館と同じ作りですね。
P1010853

 この萬翠荘は大正11年、旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨伯爵が別荘として建てたものです。
P1010865

 松平姓を名乗り、親藩大名だった久松家であり、幕末には幕府側として「禁門の変」や「長洲征伐」に参戦していました。

 維新の時には当然朝敵として追討を受けることになるわけですが、松山藩は朝廷に敵対する意志がないことを示し、新政府側の土佐藩の兵を城下に入れ無血開城となりました。

 藩主定昭は常信寺で謹慎することになりました。

 当時、藩内では恭順論者と主戦論者が対立していました。

 定昭は最終的に恭順論を受け入れたわけですが、結果として大正時代には伯爵の爵位をもらい萬翠荘なんて別荘を所有していたわけだ^^;

 よかったですね、徹底抗戦でなくて・・・

 暖炉~
P1010854

 この辺りは2階です。
P1010855

 至る所に鏡があり、写真を撮るのも一苦労。

 この日、2階出端にも展示していなかったので各部屋も広々していました。
P1010856

 建物全体は小さくあまり広くなかったのですが作りはさすがによかったです。
P1010857

 あまり見るものもなく、萬翠荘を後にします。

 で、萬翠荘の裏を向け山を登っていきます。
P1010858

 どんどん奥へ~^^;
P1010859

 で、見つけた建物がこれ。
P1010863

 夏目漱石が松山中学教師時代に下宿していた愚陀仏庵の復元です。

 子規と漱石が52日間という短い期間でしたが同居し、俳句に熱中していたそうです。

 周りを見ると漱石ファンぽい人がいっぱい。

 私たち、思いっきり場違いでした^^;

 早々に退散。

 さあ、この旅のメインイベント!

 道後温泉へ向け、出撃だ!!

 いつまで続くんだ・・・
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テーマ : 歴史散策 - ジャンル : 旅行

タグ : 萬翠荘 愚陀仏庵

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