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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




いつも来てくださる皆さん、
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本当にありがとうございます。
とても励みになります!


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DATE: CATEGORY:夏の白浜の旅
~前回のあらすじ~


 物産店。


 そして道の駅。


 炭アイスをゲット。


 展開早く須賀神社。


 大吉ゲット!






 須賀神社離脱。


 いきなり高速に乗ってます。


 とりあえず北上。


 いつもこのぐらい空いていればと思いますよね。


 夕方になったらまた混むんでしょうね。


 一応片側二車線計画があるんですよね?


 いつのことになるんでしょうか。


 広川IC通過。


 ここから地道です。


 えらい中途半端な所で降りました。


 昼ごはんは和歌山なので。


 すごい狭い住宅地の中に突っ込んでいきましたが。


 1時過ぎ、到着しました。


 稲むらの火の館。


 濱口梧陵の記念館です。


 この方、ご存じの方も多いと思います。


 その時歴史は動いたで紹介された方で、私もその番組を通して知りました。


 何をした人なのかということで、知らない人のために説明しましょうw


 江戸末期、安政南海地震で巨大津波が和歌山に襲いかかったとき、


 南紀広村の濱口梧陵は急激な引き潮を見て津波が来ると判断。


 村民を高台の神社に避難誘導するも夜間で光もなく、誤って海岸に逃げる人もいました。


 そこで、彼は稲刈りの終わった秋だったこともあり、その藁を燃やして、避難経路を照らし、多くの村民を高台に誘導して命を救ったというお話です。


 また、この話には後日談もありまして、


 醤油屋を営んでいた濱口は、津波で村が壊滅したあと、


 私財をなげうって堤防を建設。


 その工事には津波で被害を受けた村民たちにさせました。


 もちろん、村民たちには給金を払ってです。


 私財で給金を払って被災者の雇用を確保して村の復興に尽力を尽くしたのです。


 ちなみにその堤防、今でも残っているそうです。


 昭和南海地震ではその堤防が力を発揮したとか。


 ちなみにこの記念館、その歴史の紹介を中心に防災グッズや津波のメカニズム、


 防災への取り組み等々、そういった災害防災全般の資料館になっていました。


 この資料館の存在を知ったとき、ぜひとも行きたいと思ったので、やっと念願叶いました。


 折しも東日本大震災では津波により大きな被害を出しました。


 当然、ここでもその事は触れていますし、新たに資料映像なども展示されていました。


 今後、南海トラフの大地震なども予想され、ますます防災が重要になっていきます。


 普通なかなか興味が持てないかもしれませんが、時間があればこういうところに寄るのもいいのではないかと思います。


 改めて神妙な気持ちになった松村でした。


 さて、ただいま2時27分。


 そろそろ、お昼目指して和歌山に向かいましょう!




 つづく~

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