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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




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DATE: CATEGORY:萩・下関、史跡巡りの旅
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松村博司の旅行ブログ


 松陰神社、蝋人形の館!
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 もといw

 吉田松陰歴史館。
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 ここで松陰先生の人生をざっくりと勉強した私たち。
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 てなわけで松下村塾へ行ってみましょう!
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 まつしたむら塾?

 てか松下村と呼ばれる地域だったのかこの辺りは・・・

 なんてボケを山口に来る前にかました記憶がかすかにありますw

 いや、そんな記憶封印だ><

 しょうかそん塾ですね。

 名の由来は知りません。

 誰か教えてくださいませw

 もとは松陰先生の叔父が開いた私塾です。
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 松陰先生は自宅謹慎中の一年という短い間、その塾を引き継ぎ優秀な人材を輩出していきました。
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 とにかく対外思想の強かった人物のようです。

 蝋人形の館でパッと見ただけでも2回密航を企てて失敗しています。
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 そういった思想が真っ直ぐに教え子達に受け継がれていったのでしょうね。
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 藩内でクーデターを起こし、薩長同盟から倒幕、新政府に至るまで、当時の松陰先生の教え子である正義派の人々に寄って成し遂げられているのですからすごいですよね。

 しかもこうやって見ていると、当時松下村塾生というのは長州志士の中では一種のステータスでもあったのでしょうか?
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「山県有朋とは誰ぞや?」

 なんて松陰先生からつっこみを食らった自称?塾生みたいな方もいるようですし。
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 明治維新胎動之地とはなるほど。
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 うまいこと言いますね。

 次は先生幽因の旧宅。
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 密航を企て失敗した後、自首します。
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 江戸からこの地にある野山獄に移されます。
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 その後、許され実家へのお預けとなるのですがその間、幽因されていたのがこの家です。
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 松下村塾へ移るまでの間、この家で講義を行っていたそうで、入門者が増えたことにより松下村塾へ移ったそうです。
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 49石、って広いですね。
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 ちなみにこの後、老中間部詮勝の暗殺を企てたとして再び野山獄へ投獄。
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 暗殺を企てた理由は米国との不平等条約が原因との事。
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 安政の大獄で江戸に送られ斬首されました。
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 切腹じゃなくて斬首なんですね^^;
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 でもこういうの、塾生達にはちゃんと通じていましたよね。
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 特に高杉晋作の彦島の租借の拒否などは受け継がれる意思のような物を感じます。
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 実際には高杉晋作はこの前にアヘン戦争で敗れて植民地となっていた上海に行って色々見てきているわけですし、実は彦島の租借自体記録にないとか伊藤博文の裏での行動があったとか色々言われていますが。
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 そしてここが幽囚の間。
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 三畳半、ここで一年半過ごしていたそうです。
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 松陰先生、松下村塾の原点というわけですね。
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 時間は4時前になっています。
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 少々ゆっくりしすぎですね。
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 てなわけで今度は本殿の方へ行ってみましょう。
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 ・・・工事中だよ^^;
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 まあ、昭和30年の建物だから別にいいんですが・・・別にいいもん;;

 で、現在はこちらにお参りしてくださいとの事で松門神社社殿。
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 実はこちらが本来の松陰神社の社殿で明治40年の創建当時の社殿だったそうです。
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 昭和30年に先ほど修理中だった社殿に移動、現在こちらは松下村塾の門人42人を祀っているそうです。

 本殿は屋根の銅板の張り替え中との事。
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 10月10日までの予定だったのですでに完成しているはずです。
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 百周年記念にあわせた工事だったそうです。
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 てな訳でお参りも済ませたし、次の場所へ向かいましょうか。
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 そのまえに・・・
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 おやつおやつ~、てなわけで松陰だんご、320円です!
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 高千穂で食べたやつはタレを付けて焼いていましたが、こちらはじっくり焼いた後注文を聞いてからタレを付けていました。

 もろみっぽい味でとても美味しかったです。

 さらば松陰神社。
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 それでは本日最後の訪問先へ向かいましょう!
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 つづく~。

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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 山口 松陰神社 松門神社 松下村塾 吉田松陰幽囚の旧宅

コメント

コメントありがとうございます

orachanさん、書き込みありがとうございます。
吉田松陰、萩に行って改めて凄い人だったんだなと実感、また凄く尊敬されていたんだと感じました。
>この人材の殆どが幕末に燃え尽きてしまって、明治政府に残って甘い汁をすったのは実はカスばっかり
激動の時代をがんばって生きたから燃え尽きてしまったんでしょうし、何もせずに身を潜めていたからこそ生き残っていたのでしょうね。
まさに漁夫の利というやつで^^;
>私も萩に行って見たいと思います。
私も萩、また訪問したいと思います。
半日というのは失敗でした。
多分一日使っても足らないでしょうね。
今度はゆっくり回りたいです。



吉田松陰は明治政府に持ち上げられ過ぎて、天皇崇拝右翼の権化みたいに言われてますが、本当はすごくリベラルな教育者だったんです。短期間にあれだけ優秀な人材を輩出した松下村塾って本当にすごいですね。でも、この人材の殆どが幕末に燃え尽きてしまって、明治政府に残って甘い汁をすったのは実はカスばっかりってことです。伊藤、山県なんてのがその典型。奈良本辰也「ああ東方に道なきかー評伝前原一誠」を読んで吉田松陰を見直しました。私も萩に行って見たいと思います。

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