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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




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DATE: CATEGORY:広島平和公園と呉の旅
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松村博司の旅行ブログ


 広島平和記念公園。
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 前日の式典そのままに。
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 戦争その物が変化し、大量破壊兵器がすでに時代遅れの代物になってきている今日。
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 でもみんなが望んでいるのは最小限の被害で行われる戦争ではなく、
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 戦争そのものがない世界なんですよね。
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 で、気分転換にやってきました。
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 広島城です。
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 平和公園からは歩いていける距離。
広島城%%http://maps.google.co.jp/maps?q=34.402729,132.459056+(%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%9F%8E)&hl=ja&ie=UTF8&z=16%%34.402729%%132.459056%%16

 毛利輝元が築城、福島正則が改築し今の形になったそうです。
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 この広島城。
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 なんだか因縁めいた物を感じます。
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 ここを築城した輝元は120万石の大大名であり豊臣家の五大老の一人ですね。
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 関ヶ原の合戦では西軍の総大将でありながら不戦を貫き家名存続の約束を家康に取り付けていたにもかかわらず戦後、反故され周防・長門に大減封されることになります。
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 その後に関しては6月の長門・下関の旅でいろいろ史跡を回ってきました。
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 その恨みたるや250年の時を超え倒幕という形で実ったわけですが、そもそもその切っ掛けはこの広島城から追い出されたことに由来するわけで・・・
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 その後、転封してきたのが福島正則。
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 こちらは正真正銘、豊臣方の武将であり賤ヶ岳の七本槍筆頭ともいる秀吉子飼いの武将です。
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 豊臣家臣として秀吉に忠義を尽くし秀頼を守り抜こうと奔走するも、結果として何もすることができず豊臣家の滅亡を江戸から見守ることしかできませんでした。
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 その後、ひたすら幕府へ恭順するも、台風の被害で崩れた石垣を無断で修復したことが武家諸法度に触れることになります。
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 すぐさま謝罪した正則ですが、修復したところを元通りに破壊せよとの幕府の命令に、別の場所の本丸石垣を大規模に破壊することによって幕府に敵対する意志は一切ないと意を示しました。
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 が、それが命令とは違うと咎められ、ついに改易。
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 つまり、福島正則は安芸・備後の大名を解任されたということです。
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 この時、広島城では家臣たちが臨戦態勢。
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 正則からの命令を待っている状態でせめて徳川家に一矢報いるつもりだったそうです。
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 しかし正則がとった行動は、全く逆。
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 幕府から改易の指示を素直に受け入れることになります。
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 広島城で臨戦態勢をとっていた家臣たちも正則の決定に素直に従い城を明け渡します。
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 その行動いさぎよしとされ、後に福島の城渡しと呼ばれるようになり、後の城の受け渡しの見本となりました。
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 ちなみにその時に壊した石垣は現在でも残っているそうですが私たちには発見することができませんでした(てか探していませんw)
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 天守閣内は資料館になっていました。
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 中は撮影禁止。
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 てなわけで最上階からの町の風景をとりあえず撮影。
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 広島城天守閣は被爆の際、燃えることはなく爆風により吹き飛ばされ天守台に木材が散乱していたと言います。
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 バラバラになる直前、天守閣が天守台から浮いたそうですが話を聞いただけでもどれだけすごいかというのが伝わってきます。
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 被爆したゆうかりです。
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 今ひとつわかりませんでしたが片側が爆風により焼けているそうです。
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 昔はかなり大きな縄張りだったそうですが廃藩置県と被爆により現在は二の丸までしか残っていないとのこと。
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 最後に天守閣がきれいに見えるポイントを発見。
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 何枚か撮影してみました。
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 派手さのない、地味な天守閣ですが形もきれいでかっこいいですね。
P1170133.jpg

 てなわけで、もうお昼なので周射場へ戻りましょう!
P1170134.jpg


 つづく~
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 広島 広島城

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