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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




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DATE: CATEGORY:有明一周・正月の旅
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松村博司の旅行ブログ


 上洛の旅から帰還、久々に有明の旅、行ってみましょう!

 てなわけで天草の史跡を回った後は、風光明媚な名勝を眺めていきましょう。
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 名勝・天然記念物の妙見ヶ浦。
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 そして鬼海浦海岸。
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 とまあ、それはいいのですが・・・
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 道路にまで上がってくる巨大な波。
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 海の藻くずになるのではとドキドキしました^^;
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 大江天主堂にいた頃にはきれいに晴れていたのですが、北上するうちに天気はだんだん下り坂。
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 島の西北、角の部分となる富岡に着いた頃には本降りとなっていました;;
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 目的地は富岡城。
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 入り口らしき場所を見つけたのですが駐車禁止。
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 二の丸に駐車場があるとの看板でそちらに向かいます。
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 この富岡城、ビジターセンターとして再建、整備された城址ですが、このビジターセンターもばっちり正月休み^^;
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 どこまで入れるか全くわからない状態でここまで来ています。
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 もしかしたら門前払いで山の麓から眺めるだけかもと最悪のシナリオを想像しながらの登城となりました。
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 駐車場に到着ですが、おみやげ屋も食堂もお休みでした・・・腹減った><
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 ここまでの道のり。
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 そして地図。
富岡城%%http://maps.google.co.jp/maps?q=32.528976,130.031390+(%E5%AF%8C%E5%B2%A1%E5%9F%8E)&hl=ja&ie=UTF8&z=13%%32.528976%%130.031390%%13

 案内図で現在位置確認。
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 空模様も傘がいらないほどの小雨となり今がチャンス、てなわけで出発!
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 でもお腹が空いてパワーがでません><
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 ちなみにこの富岡城、 ここも島原・天草の乱の史跡になります。
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 この乱は島原南部で勃発した代官、林兵左右衛門の殺害を端に発した反乱と、天草で小西行長をはじめとする大名の立て続けの改易により大量発生した浪人を取り込んで天草四郎を総大将とした反乱の二つが島原で合流、原城に籠城したのがざっくりとした流れとなります。
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 天草四郎率いる一揆軍は、本渡で三宅籐兵衛の部隊と激突、籐兵衛を討ち取りこの富岡城へと押し寄せてきました。
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 富岡城は落城一歩手前までいったそうですが、何とか耐え抜き九州諸藩の援軍の到着により落城の難を逃れました。
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 この富岡城を落とせなかった一揆軍は結果として海を渡り島原一揆軍と合流、日本史至上、最大の一揆で内戦と呼べる規模に発展します。
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 で、この城が持ちこたえら理由はいろいろあるでしょうがその一つの理由に立地条件が挙げられると思います。
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 上で紹介した地図でもわかるように富岡城をつなぐ陸地は細い砂州が一本のみであり、また城の南にある袋池が堀となり、東の砂嘴で海上からの攻撃も難しくしています。
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 まさに天然の要塞。
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 これが南の砂州の部分。
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 こちらが東の砂嘴です。
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 向こうに見えるのが島原ということは北方向ですね。
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 そして手前に見えるのが袋池です。
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 右が天草灘、左が富岡湾・・・波の表情が全然違う^^;
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 そしてビジターセンターはばっちり休みです。
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 気がついたらすっかり雨もやみ、青空まで見えています。
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 あ~お腹空いた・・・
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 とぼとぼと車に戻る途中、銅像を発見。
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 勝海舟と頼山陽。
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 天草再建時、代官である左の鈴木重成は当初地検した石高は過大であり、そもそもの一揆もこの過大な石高による重税が元になってるわけで、適正値に修正するよう再三幕府に働きかけるも聞き入れられませんでした。
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 重成は抗議のため切腹、これには幕府もあわてて結果的に重成の主張は実現されることになりました。
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 ちなみにこの富岡城、平成に入って再建されるまでずいぶん荒れていたようです。
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 理由はすぐにわかりました。
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 天領となった天草ですが一時的に戸田忠昌が二万千石で入封となったのですが、城の管理が領民へ負担を強いていると感じ三の丸を残し二の丸を藩庁として残し、本丸・二の丸は破却、廃城となったそうです。
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 1670年のことです。

 さあ、時間は2時前です。
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 島原へ渡らなければならないのでそろそろ離脱しましょう!


 つづく~
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 九州 天草 富岡城 勝海舟像 頼山陽像 鈴木重成像 鈴木正三像

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