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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




いつも来てくださる皆さん、
拍手、コメントをくださる方々、
本当にありがとうございます。
とても励みになります!


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DATE: CATEGORY:東海・中山道、上洛の旅
「混雑のため、予定時間より早めに出発します~」
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 さあ、これから竹生島神社本殿を拝観しようとした矢先、船着き場の方から聞こえてきた放送です^^;
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 この船を逃すと次は3時50分、てかほぼ4時ですわね。
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 何のために頑張って12時45分の船に乗ったのかわからなくなってしまいます。
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 無念ではありますが、次の訪問先のために長浜へ帰還です;;
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 先ほどまで駐車していたのは琵琶湖汽船の駐車場。
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 これから長浜城やお昼ご飯を食べに行くのに車を放置しておくのはさすがにまずいです。
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 そこですぐそばにある無料駐車場に移動しようと思ったのですがすごい渋滞^^;
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 数百メートル移動するのに20分近くかかってしまいました・・・
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 地図はこちら。
長浜城歴史博物館(臨時駐車場)%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.375596,136.261560+(%E9%95%B7%E6%B5%9C%E5%9F%8E%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%28%E8%87%A8%E6%99%82%E9%A7%90%E8%BB%8A%E5%A0%B4%EF%BC%89)&hl=ja&ie=UTF8&z=16%%35.375596%%136.261560%%16

 とりあえず、気を取り直して出発です。
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 事前の調査では遺構はほぼ皆無ということで、この長浜城も本来あった場所とは違いますし、基礎から作り直した完全な模擬天守です。
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 数少ない遺構の一つです。
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 現在はこの石垣後も埋め立てられてしまっています。
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 天守閣へ到着っと意外と立派ですね。
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 石垣もそれっぽく作られていますし。
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 本来の姿は市立長浜城歴史博物館です。
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 チケットはこちら、入館料は400円です。
img288.jpg

 建物の中は文字通り博物館、まあどこの復元城も一緒なんですがね。
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 この長浜城、小谷城責めの功で北近江三郡12万石を与えられた秀吉が、小谷城の廃材などを利用して築城した、彼の初めての居城です。
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 もともとは今浜という名の土地だったのですが、一説によると信長の長をもらい長らく栄える浜であるようにと長浜へ改められたとのこと。
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 本能寺の変の後、清洲会議の遺領分割では柴田勝家に与えられ甥の柴田勝豊が入城します。
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 その後、秀吉と勝家の対立によって再び秀吉に奪取、賤ヶ岳の戦いでの拠点となりました。
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 1615年、元和元年に廃城となり資材は彦根城築城に使用されたそうです。
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 秀吉が初めて手にした居城、豊臣家が滅亡した年に廃城というのもすごく印象的ですね。
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 ねねが愛した風景です。
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 私見ですが秀吉とねね、色々大変だったでしょうが二人が一番幸せだったのはこの長浜城主時代だったのではないかなとふと思ったりします。
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 大変珍しい貴重な写真。
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 何がって、私の写真はいつも右に傾いているのですが上の写真は珍しく左に傾いていますよw
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 一応本人気にしているのですが、コンデジに変えてからかなと思ったらカシオのR61を使っているときはまっすぐな写真ばかりなのでLUMIXに変えてから?
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 とまあ、それは置いておいてお昼ご飯です!
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 実は天守閣最上階から外の風景を見ている時、トンカツ屋の看板を発見してそこに行くことにしたのです。
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 時間は3時半、もう限界ということでトンカツ屋到着だ!
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 なんですと!
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 ・・・・・・・・・
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 そのまま、次の目的地である小谷城へ向かおうかと思いつつも、とりあえず携帯を取りだし飲食店を検索。
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 あまり使ったことはないし、使ってもちゃんとしたところにたどり着いた経験がないのですが、私も必死です。
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 それっぽい店を見つけてそこから携帯のGPSを使用して向かっていきます、途中で長浜駅を越えたりしながら^^;

 途中で秀吉・三成出会いの像発見。
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 そういや長浜って、三成の出身地なんですね。

 鷹狩りの途中観音寺に立ち寄った秀吉の汗をかいた姿を見た三成は、大きめの茶碗に温いお茶をなみなみとついで持ってきました。

 秀吉がおかわりを頼むと、今度は先ほどより少し熱いお茶を半分ほどの量にして出し、それを見た秀吉はさらにもう一杯頼みました。

 今度は小さな茶碗に熱いお茶が差し出され、その気遣いに感心した秀吉は三成をめし使えたという話です。

 なんでもいいよ、もうw

 とにかくメシめしと急ぎ足で歩いていくと、ナビが示していたお店はなくなって更地になってました・・・

 やっぱりだよ^^;

 絶望に打ちひしがれていると商店街発見!
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 しかもすごい人の数。
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 最近シャッター通りしか見てなかったので感動です!

 どこの店も開いていてお客さんも一杯、こんなに活気のある商店街本当に久しぶりに見ましたよ。

 そして食べ物屋も発見、ちり麺うどん「大手門や」です。
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 地図はたぶんこの辺り、よくわかりませんでした^^;
ちり麺うどん・大手門や%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.380655,136.267426+(%E3%81%A1%E3%82%8A%E9%BA%BA%E3%81%86%E3%81%A9%E3%82%93%E3%83%BB%E5%A4%A7%E6%89%8B%E9%96%80%E3%82%84)&hl=ja&ie=UTF8&z=16%%35.380655%%136.267426%%16

 選んだのはご飯が食べたい~ってことでソースカツ丼とちり麺うどんセット、980円也~。
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 だったらうどん屋に入るなよって感じですがそれは愛嬌ということで。

 麺もご飯も堅めが好きな私ですが、讃岐うどんを食べ慣れると他の地域で食べるうどんには少々抵抗があります。

 ドキドキしながら食べてみたんですがしっかりコシがあり大変おいしいうどんでした。

 ソースカツ丼はウスターソースをかけただけのように感じたのですがどうでしょう・・・

 とりあえず落ち着きました。
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 戻る途中に行列発見。
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 そういえば観光案内で行列の出来る親子丼の店とか乗ってたけど、ここのことかな?
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 開店4時30分だったはずで、スルーしたのですが4時15分でこの状態です。
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 てかゆっくりしてたらもう4時過ぎてるですね、先を急ぎましょう><
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 そうそう、もう一つこの商店街を歩いていて気になったことがあります。
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 行列の出来ているラーメン屋がありました。

 看板にはデカデカと、

「本場・長浜ラーメン」

 あ~、なるほど。

 長浜って言えば本場だよね。

 やっぱり、とんこつラーメンで替え玉OKなんでしょうか?

 てか、マテ。

 並んでいる観光客の皆さん、ちょっとおかしくありませんかぁ?

 いや、確かにここも長浜ですけど。

 あれは博多長浜じゃないのかw

 ちょっと気になりながらも、本日の最終目的地、小谷城に向かう松村でありました。
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 つづく^^;
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 長浜 長浜城 長浜城歴史博物館 ちり麺うどん大手門や 豊臣秀吉像 石田三成像

コメント

なさん、書き込みありがとうございます。

誤解を招く表現があったことをお詫びします。
『どこの復元城も同じ』の表記ですが、これはどこの復元城も資料館になっていますよという意味でした。
復元城に限らず現存の天守閣もだいたいどこも資料を並べているわけで復元城に限らずが正しいでしょうが。

根本的に長浜城は遺構もほとんど残っていませんし復元するための資料もほぼ皆無と言うことで確かに復元という表現自体おかしかったと思います。

>宮城県白石市の白石城
木造復元と言うことで、素晴らしいですね。
来年には宮城にいけたらと考えているので、実現したらぜひ行きたいと思います。
近年、木造による資料に基づいた正確な復元を行っているところが増えてきてうれしい限りです。
私が行ったところでは熊本城の本丸御殿や津山城の備前櫓、金沢城の五十間長屋などもそうでした。
名護屋城の本丸御殿も復元するとのことですし、完成が楽しみですね。
でもこれって文化財保護法の関係で適当な復元が出来なくなってきてるのが原因なんですかね・・・・?

はじめまして

『どこの復元城も同じ』が気になったのでコメしてみました!
宮城県白石市の白石城(片倉小十郎)は復元城ですが史実を忠実に再現した木造です。ちょっと歴史を感じて楽しめます。中は何もないんですけどね;

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