プロフィール

松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




いつも来てくださる皆さん、
拍手、コメントをくださる方々、
本当にありがとうございます。
とても励みになります!


カテゴリ


最近の記事


月別アーカイブ


最近のトラックバック


相互リンク募集中!


RSSフィード


ブログ内検索


QRコード

QRコード

FC2ブックマークに追加

FC2ブックマークに追加

押してね~


DATE: CATEGORY:東海・中山道、上洛の旅
 長浜城。
P1270739.jpg

 足軽からスタートした秀吉が12万石の大名にまで上り詰めた地です。
P1270748.jpg

 普通に考えれば、この時点で後生に残る大出世。
P1270754.jpg

 このまま長浜城主でいられたら・・・
P1270760.jpg

 秀吉とねねは幸せな人生を送れたのかも。
P1270765.jpg

 少なくとも天下統一が二人に、そして彼らの仲間達に幸せをもたらしたとは到底思えないのです。
P1270771.jpg

 さて、お昼を食べたところで移動開始です。
P1270870.jpg

 縮小で見えないでしょうが近江豊国神社の看板、時間的に立ち寄ることはちょっと不可能になってきましたね。
P1270864.jpg

 一人旅の証拠です、誰か座ってるのが見えるなんて冗談は言わないようにw
P1270874.jpg

 伊吹山、石灰岩採掘の跡が生々しく残っていますね。
P1270878.jpg

 車から失礼。長政、お市夫婦と4人の子供達の像です。
P1270880.jpg

 この周辺、色々あるので見て回りたかったんですがちょっと無理になってしまいました。
P1270888.jpg

 鳥居を見ると反射的にシャッターを押してしまいます・・・
P1270890.jpg

 てか、けっこう立派な神社っぽい?
P1270892.jpg

 地図を見ると波久奴神社となっていました。
P1270894.jpg

 さあ、山道を登っていきます・・・が何か違う?
P1270898.jpg

 賤ヶ岳七本槍の一人、片桐且元の父である孫右衛門の墓を発見^^;
P1270899.jpg

 って違うじゃん><
P1270902.jpg

 ナビを無視して適当に走ると今度こそ本当の入り口を発見。
P1270904.jpg

 ここが入り口の駐車場ですね、後で寄ってみましょう。
P1270908.jpg

 まずは車で上まであがります。
P1270910.jpg

 さすがに下から歩いて登る情熱は残ってないので。
P1270912.jpg

 数分ほど車で上ると駐車場ではないのですがちょっとしたスペースを発見。
P1270916.jpg

 それでは地図。
小谷城%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.457698,136.275572+(%E5%B0%8F%E8%B0%B7%E5%9F%8E)&hl=ja&ie=UTF8&z=13%%35.457698%%136.275572%%13

 そしてルートです。
P1320934.jpg

 すでに5時を過ぎているのにけっこうな車の数・・・
P1270917.jpg

 未整備な山城に人など来ていないだろうと思っていたのですが、びっくりです。
P1270918.jpg

 でも・・・帰っていいですか?
P1270919.jpg

 ダメです!
P1270922.jpg

 スタートした瞬間、いきなり腰が引けてるんですが^^;
P1270924.jpg

 馬洗い池、廃城から400年たった今でも水が湧き続けています。
P1270934.jpg

 首据え石、その名の通りこの岩の上に首をさらしていたそうです。
P1270938.jpg

 さらされていたのは今井秀信、戦中だった六角家と内通していたと知った浅井亮政に誘殺されたそうです。

 そして分岐点。
P1270941.jpg

 右のうっそうとした道を下ると赤尾屋敷跡があるとの事。
P1270945.jpg

 ここまで来て、赤尾屋敷跡に行かなければ何しに来たのかわかりませんので決死の覚悟で・・・なんだこの道は><
P1270947.jpg

 蜘蛛の巣をかき分け、倒れかけた木々をかいくぐり、屋敷跡到着。
P1270950.jpg

 もちろん脱帽。

 写真を撮る前に一礼して手を合わせます。

 たぶん30秒くらいだったでしょうか。

 がさがさと音が聞こえ振り返ると先ほどの道から私と同じように一人で来たであろう男性の方が来たので、写真を3枚ほど撮るともう一度礼をしてその場を離れました。

 私は特別、浅井長政のファンというわけではないのですが戦国時代、一番ドラマティックなシーンだったと思っています。

 小谷城落城と浅井長政自刃。
P1270952.jpg

 信長、お市、秀吉、そして長政。
P1270954.jpg

 それぞれの想いが激突したこの戦い。
P1270957.jpg

 救出された子供達、万福丸の無惨な死。
P1270964.jpg

 お市の方は信長の死後、柴田勝家と再婚。
P1270967.jpg

 その後、再び秀吉によって攻められ、勝家と共に自害。
P1270970.jpg

 生き残った三人の姫は母を殺し、二人の父を殺した秀吉の保護を受け、長女の茶々はその秀吉の側室に。
P1270971.jpg

 大阪夏の陣、燃えさかる城を見ながら彼女は何を想っていたのでしょうか。
P1270973.jpg

 次女のお初は名門の京極高次の正室に。
P1270977.jpg

 そして三女のお江。
P1270982.jpg

 秀吉の政略結婚に利用され三度も結婚。
P1270989.jpg

 最後には二代将軍秀忠と結婚、御台所としては歴代唯一正室として世継ぎの家光を生みます。
P1270994.jpg

 また、千姫の母としても有名ですね。
P1270995.jpg

 小谷上洛城に始まった歴史の大きなうねりは、戦国の終わりを告げる元和元年。
P1280001.jpg

 お茶々とその子、秀頼の死によって終わりを告げたのでしょうか。
P1280004.jpg

 戦国時代、各地で色々なドラマがあり英雄達が現れては消えていきました。
P1280005.jpg

 そんな時代の中で小谷城攻防戦に関わった人々。
P1280009.jpg

 男達だけでなく、女性達も特別光り輝いていたように感じます。
P1280010.jpg

 一つの城が落ち、一つの家が滅亡した。
P1280013.jpg

 ただその事実だけに終わらなかったこの戦い。
P1280016.jpg

 憎悪が渦巻き、悲しみに押しつぶれそうになり、それでも前を向いて生き続けようとした人たち。
P1280020.jpg

 そんな小谷城に、念願かなって初登城です。
P1280022.jpg

 つづく・・・
スポンサーサイト

テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 伊部 小谷城 浅井長政像 お市像

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



copyright ©  松村博司の旅日記 all rights reserved.Powered by FC2ブログ