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松村博司

Author:松村博司
 
テレビに一瞬映ったワンショット

その風景を目指し、先輩と二人で広域地図片手に探し回りました。
まだインターネットが普及していない時代。
半日がかりで見つけました。

それが私の旅の原点。
旅をしたいからブログを書く。
ブログを書きたいから旅をする。
旅が好き。
書くことが好き。
どちらも続けていきたい。

だから旅日記です。




いつも来てくださる皆さん、
拍手、コメントをくださる方々、
本当にありがとうございます。
とても励みになります!


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DATE: CATEGORY:東海・中山道、上洛の旅
~前回のあらすじ~


 東本宮から西本宮へ移動を開始。
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 この辺りも信長の焼き討ちにより火の海になりました。
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 しかし、そんな事を微塵も感じさせない静粛。
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 近江神宮から日吉大社へ。
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 上洛の旅、最終日。
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 本当に静かな朝、静かなスタートです。
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 風が気持ちいいです。
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 昨日の大雨が一気に温度を下げてくれたようです。
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 その後、夜のうちにすっかり雲は流れてしまい晴天。
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 この季節にこの言葉がふさわしいかどうかわかりませんが、原理的には放射冷却と同じような状態になっているのでしょうね。
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 近江神宮で肌寒かった気温も、日が昇りだいぶん暖かくなってきました。
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 ここまで何Kmも歩いているので軽く汗ばんでいるのですが、本当に気持ちいい風のおかげで不快感は全くありませんでした。
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 さて、次なる目的地、西教寺が見えてきました。
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 車を駐めている駐車場を通り過ぎて、ほとんど同じ距離を歩いての到着。
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 往復5km。
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 この旅、本当によく歩いてよく走ってます。
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 最終日は絶対に走りません><
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 上の写真に猿の絵の看板がありましたが、ここも猿に対する信仰があるようです。
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 そしてイラストマップを見て想像していたよりかなりの伽藍に驚いていたりします^^;
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 しかし事前調査では拝観料に400円とのことでしたがどこで払うのでしょうか。
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 ここの客殿は伏見城の御殿からの移築と言うことで楽しみにしていたのですが・・・
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 景色は素晴らしいんですがね。
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 ちょっと納得のいかない松村です^^;
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 まあ、ここに来た本来の目的は別にありますしあきらめましょう。
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 てか、入り口で庭師のおじさんに会った以外、人っ子一人会わないんですが^^;
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 伽藍って言うよりがら~んって感じ><
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 あ~ぁ、とうとう言っちゃった。
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 知能レベルがしれるからあれほど言っちゃいけないって言ったのに^^;
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 親父ギャグ、ごめん><(でもいつか言ってやろうと狙ってたのも事実・・・)
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 で、ここに何しに来たかですね?
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 猿ですし伏見城からの移築もありますし秀吉関連にも感じるでしょうが違います。
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 ここに来た理由、それはこの西教寺があの明智光秀の菩提寺だからです。
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 特別明智光秀に対する思い入れはありませんが、戦国三傑を巡る上洛の旅である以上、ここははずせないと思いまして。
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 じゃあ、何で本能寺をはずしているのかという話は棚の上の奥の方へ閉まっておきましょう。
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 上洛の旅に本能寺は縁起悪いですし。
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 こちら、光秀の正室で細川ガラシャの母である煕子のお墓です。
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 嫁ぐ直前に疱瘡にかかりあばたが残ってしまったために父がそっくりの妹を嫁がせようとしますが、それを光秀が見破り自分の妻は煕子ですからとそのまま祝言を挙げたと逸話が残っています。
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 こちらは光秀のお墓。
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 煕子が存命中、光秀は一人も室を取らなかったそうで、大変仲のよい夫婦だったそうです。
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 また、光秀が仕官先を変えるなか自分の黒髪を売り光秀を助けたり、光秀が重病になった際に必死に看病してそれが原因で亡くなったと言われていたり、二人の間にはいろいろ逸話が残っています。
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 私、年齢的にそろそろ(かなり?)結婚を考えないとやばい年頃なのですが周りを見るとなかなか本気で相手を探そうなんて気になれません。
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 とはいえ二人の物語は悲しい最後になりましたが、でもこういう話を聞くと結婚もちょっと良いななんて思ったりしてw
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 でも今の旅三昧な生活はしばらくやめられそうにありません。

 ダメだね^^;

 なんてアホなことを言っているうちに思いっきり墓地に潜入してしまいました^^;

 お墓だらけです><

 何しに来たのかというと秀吉の家臣、山中山城守橘長後のお墓です。
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 そしてこちらは前田利家の六女で秀吉の養女、菊子のお墓です。
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 豪姫とは別に養女がいたなんて知りませんでした。
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 ちなみに豪姫、岡山に縁の深い人なので盆には利家のお墓参りのついでに一緒に参ってくる予定です。(行ってきました!)
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 てか自分の先祖墓はどうするのよ・・・(ちゃんと行ってきました!)
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 結局、本堂と客殿の拝観は叶いませんでした。
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 まっ、でもいいかな。
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 本能寺の変の首謀者、いろいろ悪く言われた人ですがここに来て、たとえばとても優れた領主で善政を布いていたそうですし、よくよく調べてみると人格的にも優れた人物のようでした。
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 西教寺に訪れたきっかけで彼のことを今までとは別の視点で見ることができて、実はちょっと光秀のことが好きになった私でありました。
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 つづく~
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

タグ : 大津 西教寺

コメント

ごめん、無理!

旅日記、あと写真をアップロードするところまではできたんですが、そこからが長いので今日はこれにて終了することにしました。
明日も仕事ですしね。
てなわけで、後書きの方も本日お休みと言うことでよろしくお願いします。
本当はHNである松村博司という名前にまつわるお話をしようと思ったのですがまた今度と言うことで。

なんて書いてるうちに、いつものようにどんどん後書きが長く言ってますね。
さすが今日は眠くて仕方がないのでこれにて、

お休みなさい~

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